自殺を考えた話

唐突にまた少し自殺のことを考えてしまったので取りあえず吐き出そうと思う。

 

ここ一年くらい抑うつ気味で、今大学三年生になるのだがほとんど講義に出ていなかった。たぶん行きたかった大学に受かって浮かれて、サークルを二つがっつり掛け持ちしたり友だちを増やしたりで元気に活動しすぎたせいで、疲れてしまったんだと思う。

 

それで特に三ヵ月前(2017年9月末頃)から何にもやる気が起きなくて、でもたまたま友人に勧められたゲームにはまって、趣味のイラストやら絵だけは描けていた。もともと絵が死ぬほど好きだったから、藁にもすがる思いというか、絵にひたすら救いを求めていた。

メンタルクリニックに行ってみたが、医者には鬱ではなくて、就活のこととかで不安になっているようだと言われた。絵は描ける、嫌いなこと(講義にでること)はしたくない、という話をカウンセラーにしたら、休学でもして絵を描けばいいんじゃないかと言われた。

母親に芸術家を目指すことを反対されていたし、大学が東大で身近に絵を死ぬほど好きって人がいないしで、そんなことを言ってくれる人がいなかったからそのことが本当にうれしかった。自分でも、一年くらいひたすらに絵を描いていたら、幸せがたまって、なんとか耐えて卒業はできるような気がしていた。

(ただし休学したい旨を母親に話したら反対されて、兄とも号泣しながら話し合うはめになった。)

 

その後11月中頃までは楽しく絵を描いていた。特に11月に入ってからの二週間くらいは凄く気に入った絵が描けて、この調子なら休学しなくてもまた講義に行けるようになるかも、なんて思うほどだった。

 

それが11月中頃の起き抜けに、たぶんしびれを切らしたんだろう母親に怒鳴られたことで一転、最悪の精神状態になった。

朝、寝ていたところに部屋に入られて(洗濯物を干すには自分か兄の部屋に入るしかない)、「なんでまたゴミ箱いっぱいになってんのよ!」「医者がなんて言おうと全部あんたの頭の中で起こってんのよ!」とか怒鳴られた。つでにベッドに乗り上げられて、カーテンも開けられた。

まあ母は潔癖気味で、自分はそれに反発して汚いものが好きだったりするし、鬱も脳の問題だからあながち罵倒とも言い切れないな、なんて瞬時に思ったりもしたけど、とにかく怖かった。このまま家にいたら生きていられないと強く思った。すぐさま家出を決意したほど。

 

で、21歳にして人生初の家出をした。

初日は都内の安いネカフェに泊まって、でもうまく寝れなくて体がばきばきになったから翌日の昼に家に帰って寝て、恋人にお願いしたら数日家を貸してくれるというので(恋人は入れ違いの出張で不在)、翌朝また家を出た。計4日になる。

 

ちなみに新宿歌舞伎町のう〇広場のネカフェがたしか8時間千円程度でオススメ。でもシートはリクライニングじゃないから寝れない。

この家出中に真剣に自殺を考えたり、歩いていても涙がでたりで大変だった。

真剣にといっても、日に二度三度と自然に「死ぬことが自分が今できる一番いい問題解決方法だな」と考えたり、ネットで自殺の方法を調べて「最低でも15階以上、できれば20階以上の建物からの飛び降りがいいな」と思って、歩きながら「あの建物ならいけるかな」とか考えたり、飛び降りて地面に落下していく情景をリアルに想像する程度で、実際に屋上に行ったりはしていない。

でも、少し元気になった今なら断言できるが、そもそも日に一度でも自殺する可能性を考えるのは普通じゃない。かなり精神状態が悪い。幸せに一般的に生きているなら一日に一度も自分が自殺することなんか考えない。

もし少しでもそういうことを考えてしまう人がいたら、「でもまだ屋上にいったりロープを準備してないから、本気じゃないんだ」とか思わない方がいいと思う。

自分がやばい状態だって分かったところで劇的に何か救われる訳じゃないけど、それでも「一瞬でも自殺を考える自分は今やばい状態だ」っていうのは覚えていたほうがいいと思う。

あと、人間は生きたいと思うのが生き物として自然なんだから、「死にたいって言うくせに死にきれない自分が情けない」みたいなことは思わないでいい。死にきれないのが当然だし生きたいと思ってしまうのも当たり前で、そういうことを思ってしまう自分を許して大切にしてもっと可愛がった方がいい。その部分がなくなったらいよいよ本当に死んでしまうので。

 

そんな状態でも一応自殺を思い留まったのは、死にもの狂いでカウンセリングの予約をとって少し安心したり、そのカウンセリングで以前からうすうす思っていた、母親との確執(というよりインナーチャイルドのようなもの)を認識したり、何より自分を救えるのが自分しかいないってことに気付いたからだった。

ちなみに、カウンセリングや心療内科は予約が一か月先しか取れないなんてことがざらにあるけど、たしか「(地域名) 当日初診 心療内科」とかで検索すれば案外出てくるから諦めるにはまだ早い。

 

涙をだらだらたらしながら考えていたことは、

「あまりにも辛いからもう死ぬのが自分が出来る範囲で辛さから逃れられる一番いい問題解決方法」

「本当は誰かに今抱えている用事ややるべきことを全てキャンセルしてもらって、ただ横になっていられる場所を用意してもらって、『あなたは今何もできない状態だから私が全て代わりにうまく手配して守ってあげる。もう大丈夫』って言ってもらいたい」

「カウンセラーは自分が望む言葉をかけてくれるし、友人や恋人も仮に相談したら心配してくれるだろうけど、でも現状を積極的に変えてはくれない」

「もう成人した人間で、赤ん坊のような可愛げもないのだから、誰もわざわざお節介を焼いて全てから守ってくれるなんてことはしてくれない」

「自殺するなら誰にも悟らせず、元気になったふりをしてそのまま飛び降りれる自信がある」

とか、そういうことだった。

それで、死にたくはないのに確実に死ぬ直前に誰にも引き留めてもらえない自分を想像するとあまりにも悲しくて、かわいそうで、今思い出して文字を打ってる最中にも涙がでるほど本当に辛くて、もう自分の自殺を止められるのは自分しかいないなって悟った。頼れるのも救えるのも自分だけだと思った。

そういう風に悟ったら、もう何もかも捨てて、フリーター生活をしたってたぶんどうにか40歳くらいまでは生きれるし、そしたら今の倍絵が描けることになって、そりゃもう滅茶苦茶絵が上手くなれるよやったじゃん!って思うことができた。

 

それでそのときサークルで引き受けていた、二週間後の結構大事な発表会の仕事を全て断って、当日も行かないことにして、習い事もやめてゼミもしばらく休むって連絡をいれた。なんとか参加したいと思っていた絵の展示会も、負担ではあったから断った。そのとき一部の人には素直に伝えた、「自殺を考えるほどになってサークルどころじゃなくなった」って言葉は今思い返すと少し面白いし、客観的にそりゃかなりやばいしもっと前からそう断ってもよかったよって思う。

全て断って片づけたら少し気分がましになったし、恋人に迷惑がかかるからと家に帰ったら、両親も多少なりとも家出中にご飯をちゃんと食べてるのかだとか心配してくれていたようで、「とにかく何もせず横になっていたい、でも家でそうしていると母親になにか言われるから、バイトでお金をためて家をでたい」という願いを父親が聞き入れてくれた。

一人暮らしの費用も家賃も出してくれるというし、母親も気を遣って部屋に入ってこなくなったので、今に至るまで一ヵ月引きこもりのような生活をしている。

母親は自分の中でトラウマになったから、自分を守るためにも未だに顔を合わせたくないし会話もしたくないが、案外両親も何かしらしてくれるもんだなという感想を持っている。

 

元気なときは、もうこのまま一年は休んで絵を描くだけの生活をしてやる!と前向きになれるが、元気じゃないときは相変わらず不安がぼろぼろ出てきてしまう。

周りの普通の人はちゃんと大学に通えているのに、自分は朝決められた時間に起きることも引っ越し手続きの電話をとることも好きな物のために通販をすることもできない。できるようになる気もしない。成人して働くこともできるはずなのに、ただ横になって毎日だらだらしているだけで、そのくせ本当は体は元気だ。何もしたくないくせに、頼まれてもいない相手の欲求を勝手に汲んで先取りして、「やるよ」なんて言うから、どんどん自分の首を絞めている。

 

そんなこんなでまた突発的に自殺のことを考えてしまって、今度は実行しそうともしようとも思わないが辛くて泣いていた。

文章を打っていたら無心になってきたけど。

相変わらず繊細なのか何なのか、人の生活音や声を聴くのが耐えられなくて、一日中音楽や動画をイヤホンで聞いていないといられない。

母親はお菓子を部屋の前に置いたり入院したいとかない?って聞いてくれるけど、そういうことじゃないし、それを言って欲しかった時期はもう過ぎてしまったんだよと思う。 部屋に引きこもったからいよいよやばいんじゃなくて、もっと前にすごくどうしようもない時期を乗り越えての引きこもりなんだけどな。 自分のことを理解してあげられるのも救えるのも自分だけです。